見えてきた意外な事
さてプラッターを読めなくなるのが一番の問題であるが、見た目酷くてもプラッター自体は無傷だというケースもある。東北人の性格として『一度断られたら諦める』という傾向があるようで、まだここを知らずに諦めている方もいらっしゃるはずだ。
同社の沼田氏は強く言う。
「水没してもデータは救えるんです。無理だと決めつけず持って来てください」と。今、東京のオフィスには、そのようにして持ち込まれたたくさんのHDDが積まれている。
「可能性があるうちは断らずに受けています。今は復旧率25%だがもう少し上がるでしょう」と。たとえ時間はかかっても、その価値には替えられない。「しかしデータというものは意外と出てくるものなんですね」とも。最初の1週間では80%が救えた。翌週は40%。以降、毎週半減して行った。もし真っ先にデータを救い出せていたならば失われた大半が復旧できた計算になる。現実にはガレキをひとまず取り除き、生活を確保してからだったので、復旧する側から言えば、この失われた一ヶ月の空白は大きい。が、致し方ない。命と生活こそが最優先なのだから。
ようやく問い合わせが落ち着いたのは7月半ば。ともかく、データサルベージの猛者たちは、思い出を救い出すために努力を惜しまなかったし、直後に始めたという価値は計り知れない。
どうしたら破損を少なくできるだろうか。バックアップが如何に大事かというのは分かっているが、それが本体の隣に置いてあったので一緒に流されてしまったというケースは多い。サーバーは極力高い階に置くのがよいが、しかしそのような対策よりも、遠隔地
に置くのが確実に違いない。
それでは、オリジナルとバックアップ。救えた方はどちらだったか。答えはオリジナル側だったが理由が興味深い。バックアップ用に使われる大半がSATAで、届いたものはやはりSATAだった。オリジナルはSASだ。安価なSATAではなくSASの方が堅牢性が高いので復旧率も高かったことが実証されたのだ。SASは寿命だけでなく津波にも強かった。皮肉なものだがこの震災がなければ分からなかったことだろう。腐食したSATAからはチップがかなり外れてしまう。SASの方が基盤自体も確実と言える。メーカー別、機種別のデータを取っており、最終的にはしっかり検証される予定だ。
「高いので普通はあまりお勧めしないのですが、こういう事態を想定すればここは経費削減しない方がよいのでは」とは沼田氏。
繰り返すが同じラックに入れてあっては無意味だということもキモに命じておいてほしい。
ハードディスクが足りない!
復旧との戦いはまだ続く。この本がお手元に届く10月の時点でも終わってはいない。そして復旧にはHDDが不可欠なのだから常に不足しているのである。ディスクが生きていても同形HDDがなければ救えるものも救えない。提供できるという方がいらしたら、ぜひ協力していただきたい。〈どれを〉ということはなく、あらゆる型番が必要とされるので、とにかく何でもいいので送ってほしい。
復旧料金はどうだったのだろうか。パソコンの場合、定価で30万円である。(サーバーはケースによる)NGならば0円だ。HDDを買うだけでコストがかかる以上、ディスカウントして受けていては赤字が必至だ。しかし、現実にはケースバイケースで、一切を失った人にとても定価でとは言えない。平均額を出せば10万円だと言う。ただ、ボランティア精神であるにせよ、自らが潰れてしまったのでは元も子もない。
「リカバリー業界は単価が下落傾向にあります。料金がブラックボックスになっていたのが一因ですが、今後はここを明朗会計にしていきたいですね。高価なのにはそれなりの理由がありますから、明確にして理解をいただきたいと考えています」と阿部氏が言うように、今後はしっかりした料金体系にしていくのが業界の課題であろうか。
大船渡から乏しいガソリンで走って持ち込まれた方もいらした。皆必至なのだ。だが某公共機関のHDDを救った際は困った問題があった。個人情報セミナーを受けないと受付もできないというのだ。社長自ら受講し事は収まったものの、一刻も早く救い出したいにも関わらず、行政上の障害がここにもあった。非常時くらい超法規的な対応を望めないのか? データ復旧のために国家的体制が必要だと痛感し、今は国にも訴えかけていらっしゃる。
「世界で一番洗浄しましたよね」と相沢氏が言うように、世界初と言ってよい海水や汚泥による被害からのデータ復旧をここまでやった企業はないはずである。同社はロシアとイギリスのデータリカバリー企業など海外からも注目され始めた。ハーバード大学から今回の実績をデジタルアーカイブとして残さないかとのオファーもある。
「できたのはいろんな方からの応援があったからです。みんな助けてあげたいという、いいムードがありました。
もしどこかで震災が起きたらすぐに飛び来んでいきたいです。喜んでいただけるのが一番嬉しいのです」
阿部氏の言葉に胸が熱くならないだろうか。だが、聞いて感心している場合ではない。